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本当に見たら信じますか?
メッセージ - 鈴木光牧師
2010年 8月 29日(日曜日) 00:00

ルカ 16章14~31節

 

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律法を守ることを第一にしていた律法学者やファリサイ派の人に対して、イエス様は「律法と福音はどちらも大切で両立するが、人が救われるのは律法によるのではなく、ただイエス様の福音によるのだ」ということを話します。さらに、それに関連して「金持ちとラザロ」のたとえ話をします。


 

1.貧しい人は幸いである

あるところに金持ちの男とラザロという名の貧しい人がいました。やがて二人とも亡くなりました。すると、金持ちは「陰府(よみ)でさいなまれ」、ラザロは信仰の父であるアブラハムと一緒に天国にいました。
イエス様は別の箇所で「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである(ルカ6:20)」と言っています。「貧しければ自動的に天国に入れられる」という意味ではありません。貧しい人は地上のものがありませんから、天国の希望を素直に受け取ることができるということです。これは、経済的な貧しさだけでなく、心の貧しい人にも同じ事が言えます。皆さんはどうでしょうか?自分の貧しさや罪深さを感じている人は幸いです。イエス様はあなたのために来たのです!

2.富んでいる人は不幸

一方でイエス様は「富んでいるあなたがたは、不幸である(ルカ6:24)」とも言われます。恵まれている人はしばしば、自分か「主の憐れみによって」恵まれていることに対する感謝を忘れます。これは聖書の最も警告する高慢の土台です。
たとえに出てくる金持ちは、どうやら家族思いのいい人であったようです(27~28節)。しかし、「いい人」であることは天国に入る根拠にはなりません。救いの根拠はただイエス様の身代わりの十字架にあります。
あなたは「何となく天国に入れるんじやないか」という根拠のない自信を持っていないでしょうか?イエス様の救いが「必要である」ことを覚えましょう。

3.本当に見たら信じますか?

それでも金持ちの立場にたって「主がもっとそのことを分かりやすくしてくれていればよかったでしょ」と神様に責任を転嫁することはできません。今日の箇所の最後には「もし聖書が明らかに証ししているのに信じないのであれば、たとえ目の前に奇跡があっても信じないだろう」ということが語られています。真剣に信じて求め、聖書に聞いていく時に、あなたは本当に主の臨在を体験するのです。


 

 

 

 

 

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