2012年5月19日

| ただ、信仰によって |
| メッセージ - 二宮幸雄牧師 |
| 2011年 11月 13日(日曜日) 00:00 |
ガラテヤの信徒への手紙 2章15節~16節音声はこちらから
◆今朝の聖句は、キリスト教信仰の核心にあたるところです。しっかりと心にとめて、揺るぎない信仰に、生き続けたいと願います。その要点は三つ、「正しい信仰」「義と見なされる幸せ」そして「その中に生きる安らぎ」です。 ◆私たちが救われるのは「ただ信仰によって」です。この事は分かりやすいのですが、実行するのが困難な方が多いようです。信心と信仰の違いについて申し上げれば、信心は信じたものを自分のために用いようとする事が中心にあります。しかし、信仰は神様が御主人で私たちはその御心に従うものです。ここに困難さの一つがあります。さらにもう一つは、「ただ」であると言うことです。救いは神様の一方的な恵みです。頭では分かっていても常識的な心が働いて、受け入れがたいのでしょう。生活の中では、多くの非常識に囲まれていながら、この神様の、常識を超える「特別な恩寵」を受け入れる事が、困難なのはなぜでしょう。信仰の勇気を持ってください。
◆私たちはただ、信じることによって神様から「義と見なされる」とあります。それは神様からみれば「あなたはまったく罪のない人である」ということです。私たちは神様との関係よりも、周りめ人との人間関係を重要視しがちです。たしかに周りの人との関係はとても大切です。しかし、その人間関係を豊かで、平安に満ちたものとする鍵は、神様との平和を得ていることです。
◆皆さん、私たちキリスト者は、神様から見れば、全員が「赦された罪人」です。どうぞそのことに気づいてください。朝ごとに「わたしは赦されている」と口に出して確認し、一日の生活を始めてください。 |

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